
1954年、
松竹映画「二十四の瞳」に4000人あまりの中から選ばれ“小つる”役で出演。映画は劇場公開されるや空前の大ヒットとなり、“内閣総理大臣賞”をはじめ多くの賞を受賞。
電通の養成所では最年少で難関を突破。基礎科、研究科では2年の間に、ギリシャ演劇論、発声法、パントマイム、日舞、バレー、脚本、声楽、お能、色彩学、照明、メイクアップに至るまで学び、実習で各TV局の現場での経験を得る。
在学中に中外製薬のCFに抜擢され、ドラマの前後に生放送でTBSの全国放映に出演。名古屋近畿放送のラジオ番組ではポップミュージックのDJを担当。第一期卒業生公演では初舞台でシャンソンを披露。
ロスアンゼルスで、フラワーデザインを修業し東京でスタジオをオープン。この際の指導経験は、後の大学及びコーチングクラスに、大いに役立つ。
1970年、東京からバンクーバーへ移る。
当地の日本語テレビ開局以来、13年間司会を担当、CBCラジオの日本向けリポートや「日加タイムス」のバンクーバー支局長
を経て、州立サイモン・フレーザー大学の異文化言語コミュニケーションセンターの日本部専任講師を10年間務め
る。
1994年、西日本テレビ局ドキュメンタリー特別番組「映画、二十四の瞳、40年後の子役同窓会」のため訪日。
1996年、四国新聞社よりエッセイ「瞳からの旅立ち」を上梓し、日本図書館協会の選定図書となる。
移住以来、ボランティア活動は多岐にわたり、サレー日本語学校、日系女性の会、企友会の設立に尽力。移住者の会役員、「歩るこう会」世話役など歴任。日系プレース建設募金共同委員長、同プログラム委員、ナショナル日系ヘリテージセンター協会の理事を務めた。
この間、地元の懇話会(商社関係)で、話し方の講演、企友会(ビジネス団体)でのセミナー司会も行う。CBC(カナダ国営放送)国際局で製作のラジオカナダインターナショナルでは、取材、台本、アナウンスで、カナダの話題を日本向け短波放送に提供。
2000年に発足させた、生涯学習の集い「コスモス・セミナー」の主宰で8年目を迎える。
現在は、国際コーチ連盟の集中講座を受講し「大河内南穂子流ダイレクトメソッド」を生み出し、個人、グループ、会社団体向けに指導中。
敬語の正しい使い方、気が付かぬ話し方のクセを修正。朝、昼、晩の発声の違い。暗い、冷たい,速過ぎる話し方の矯正、感じの良い電話の応対、接客で注意したい一言。スマートな自己紹介。言い方を換えて内容を高めるテクニック等が自然に身に付くよう、各受講者のレベルに合わせて指導。
日本では「JTBロングスティプラザ」、「倶楽部海外ぐらし」での講演を毎年行っている他、東京銀座及び江古田等での、医療クリニックに於いて話し方コーチングの講師も定期的に行っている。